もう1年の4分の1が終わったと思うと恐ろしい今日この頃です。
お彼岸にお参りを頂いた皆様方、遠近各地よりありがとうございました。
中日の法要では、昨年の報恩講法要に引き続き橘俊了氏をご講師にお招きしての座でございました。
今月はWBCが開催されて多くの話題を呼んでいました。
残念ながら準々決勝で敗れてのベスト8という結果でしたが、期待値や注目度の高さ故に色んな意見を目にすることがあります。
「あの時打てていれば」「あの時失点を防げていれば」そんなたらればを言いたくなるのもとてもよくわかります。
ただし、野球でたらればは禁物だもよく話をします。そのシチュエーションだからこそ起きた展開の連続が野球というスポーツで、局所的に好転したとしてもその先も良い結果とは断定できないからです。
仏教由来の言葉で日常にも馴染んでいる言葉で因果というものあります。
文字通り原因がありそれにおうじた結果をむかえるという意味です。
野球もこの多くの因果の積み重ねです。一つの歯車が変わればそのあとの嚙み合い方も変化していきます。
そんなたらればを言ってもキリがないのに言ってしまうのは、それだけの想いがあるからこそなのかと思います。
私たちの日常にも後悔や執着がつきまとうものですが、そのことを重くとらえすぎずありのままの自分を見てくれる阿弥陀様という存在がいてくださることを拠り所としていただけたら幸いです。
手を合わせて仏様のありがたさを考えてみる私も、球場で負けている贔屓球団に溜息をつく私もどちらも確かに自分自身であると思うと改めて不思議に感じます。
今年は少しでも穏やかに野球を楽しみたいです。